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B A C K    T O P    N E X T                                        

  ―.5 ::: 境界  





ぐらぐら。
 ぐらぐら。

 揺れる、ソファーにずっと独り、寝ているみたい。
 だれか、揺れを止めてほしい。もしくは・・・
 

* * *   * * *


蝶がひらひら、ひらひら、舞っていた頃はここに、あの人もサエも居た。
皆で蝶を見てい綺麗だね。きれいだね。蝶は、あの人と一緒で幸せだね。
そういうと、蝶はいっそう、ひらひらと舞っていた。

でもある日、蝶は死んでしまった。

「砂鳥、おかあさんにさよならって言おう?」
ミツが心配そうな悲しそうな顔で、言った。

… … …ミツは好き。名前を、いつだってちゃんと呼んでくれる。
(―ねぇ、さとり。でも、この人だって、一番好きなのはさとりじゃないよ?この人の一番は)

「おかあ、さん?」 ぼんやりと、あたしは箱に収められた、死体を見た。
それは、いつの間にか人の姿になっていた。
「(へんなの。さっきまで、そこには綺麗な蝶が居たはずなのに。)」
呟くと、ぎゅっと抱きしめられた。ミツが泣いていた。
ごめん。ごめんね、砂鳥。
愛してあげられなくて、ごめんね。
あぁ、この人は誰に。誰へ、あやまっているのだろう?


* * *   * * *


ぐらぐら。
 ぐらぐら。

「あの人」の視線を怖いと思うようになったのは、いつの頃からだろう。
母―胡蝶―が居なくなってから、「あの人」は変わった。

違う。

もしかしたら、変わっていないのかもしれない。周囲が変わっただけで、「あの人」は変わっていないのかもしれない。もしそうならば、それは変わった周囲が可笑しいのか。それとも、変わらない「あの人」がおかしいのか。
あたしも、誰も、「あの人」には何も言わない。

言えない。
それでも、あたしは「あの人」の視線が怖い。怖くて怖くてたまらない。
(だってもう、さとりは気づいているものね?)

… … …。

ねぇ、おとうさん。

あなたの視線の先にいる人は、一体、だれですか?
 

* * *   * * *


ぐらぐら。
 ぐらぐら。

ゆれる、ゆれる。どこに?どんなふうに?


雑誌記者が尋ねる。
【砂鳥さん、画伯に描かれた絵をどう思われますか?】
「・・・父が描く少女「砂鳥」は、とても綺麗で。あたしもあんなふうに、綺麗ならいいなって思います。」
… … …だって、きれいになったらあたしも描いてもらえるかもしれない。
(だって、きれいになったらあたしも描いてもらえるかもしれない。)

記者が、微笑む。
【実物もとても、可愛らしいですよ。画伯もこんなお嬢さんがいるからこそ、また筆を取ったのでしょう。
「あの人」は、静かに笑う。何も答えず、静かに。
(あぁ、だめなんだ。まだ、届かないんだ。まだ、足りないんだ。)
… … …こっちを見て。あたしだけを見て。
     祈れば必ず叶うと誰かが言ったから、あたしはいつでも祈っていた。
     いつか、あの人があたしを見ますように。
     いつか、振り向いて頭を撫でて、好きだよ、と笑ってくれますように。
     ずっと、ずっと、祈っていた。
     あの人の視線の先に居るものが、蝶だけでも。ずっと。
     晴れたならば夜空に。雨ならば雨空に祈った。

(ねぇ、さとり。それは蝶ではなくて。さとりのお母さん、胡蝶さんだよ。
 ねぇ、さとり。そうやって忘れた「お母さんの記憶」をシラタマはいつまで持っているの?
 持って居なきゃ、いけないの?

  ねぇ、さとり。この声は、聞こえている?

  ねぇ、さとり。どうして、そうやって空に祈るのか、さとりは分かってる?
それはね、あの人は、雨になると窓際に座り込んで、ガラスに額を付けて雨をぼんやりと見つめている、胡蝶を特に愛していたから。あんなふうに、あたしも見て貰えますように。そう、さとりは祈っているんだよ。)
(いつか、叶うだろうと思って。ずっと。)
… … …いつか、叶うだろうと思って。ずっと。
      でもそれは、あたしにしか、届いていない。ずっと。
(でもそれは、おあいこ。あたしの声だって、さとりには、届いてない。ずっと。)


* * *


ぐらぐら。
 ぐらぐら。


シラタマは友達。
蝶が死にそうになって。皆があたしを見なくなって。その頃、来てくれた。あたしだけの、友達。
ソファーにも、シラタマは乗れるの。一緒に、乗れるの。どちらかが、降りてもいけるの。
でも。
シラタマがソファーに乗らなくなったのは、いつからだろう。
どうして、あたしはソファーから降りれないのだろう。
わからない。頭がぼんやりしている。
あたしが寝ていると、シラタマは外に出ていく。帰ってくると、外で見聞きした話を教えてくれる。シラタマの話は、たのしい。
でも、どうしてだろう。
最近のシラタマは、とてもとても、イライラしたように笑って、話をする。

どうして。
どうしたの。
わからない。
ずっとずっと、頭がぼんやりしている。

ぐらぐら揺れる。独り、ずっと、乗っている。
誰か、このソファーを止めて、あたしを助けてほしい。
そうじゃなかったら、もう落としてほしい。

あたしは楽に、なりたい。











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