1人目…カラスの話
「 ねぇ。俺に話を教えてくれたのは、誰なんだろうね? 」
俺の話はね、今日持ってきた梅のお香に因んだものにしようと思うんだ。
そもそも俺が香なんて似合わないものを買ったのは、とある人の話を聞いたからなんだ。あまり趣味が良い理由だとは思わないかもしれないけれど、多分、砂鳥は気に入ると思うよ。
こんな話なんだ。
『昔々あるところに綺麗な女の人がいました。彼女には、密かに思い合っている恋人が居ました。そして、二人の間には可愛らしい女の子までいました。
恋人は女の人をとてもとても愛していましたが、とある事情でずっと一緒に暮らすことは出来ませんでした。
そして、その事情の為に、女の人のところに行くのが途切れがちになっていました。
けれども、女の子は父親をとても慕っており、途切れ途切れに来る度に一緒に居たがります。その様子がとても可愛らしいので、恋人は女の子を度々、恋人の家に連れて行ったり、仕事先に連れていったりしていました。
それについて、女の人は「いけません」とも言わないままでした。
そんな生活が数年続きました。
そして、また男が随分久しぶりに女の人の家へ来たある日、ちょうどその時、女の子はたいへん寂しいと思っていた時でした。
女の子は父親に会えて喜びました。
男も女の子を可愛がり、あやしていたのですが、やはり女の家に長く入れない事情があるので、すぐに帰ろうとしました。女の子は今まで父親に連れられて、一緒に外出するのが習慣になっていたから、いつものように一緒に連れて行って貰いたがります。父親にはその様子がとても可愛そうに思えたので、しばらく女の家に留まりました。
そして、女の子に向かって、「そんなに一緒に居たいなら、さあいらっしゃい」と言って、女の子を抱き上げて、出て行きました。その様子を女の人は本当に淋しくやるせなさそうに見送って、ちょうど焚いてあった梅のお香を眺めながら、ぽつり、と言いました』
・・・ねぇ、サトリなんて言ったと思う?
砂鳥はカラスをじっと見つめながら、必死に考えた。
梅の香りと雨の音を聞きながら、頭の中で今の話を反芻する。
綺麗な話だと思った。
なぜ、恋人が女の人と一緒に暮らせないかはわからないけれど、皆、大切に思い合っていて、優しい。カラスが言う、あまり趣味が良いとは言えない、は当たらない。
けれど、砂鳥は早くもこの話を気に入っていた。早く続きが知りたくて、砂鳥は頭を横に振る。
「わからない。ね、早く続き知りたい」
いいよ、とカラスは話始める。
いつもみたいに砂鳥を膝にのせて、にこにこ笑いながら。
女の人はね、こう言ったんだ。
『「彼が来るのが途切れがちなのは仕方ないとしても、せめて子どもだけは私の元にしておきたかったのに、あの子までもこんなふうに彼に連れて出て行くのならば、私1人だけが、いよいよ深く、彼らに恋焦がれるんだわ。この、梅のお香をかぐたびに、私は彼らを思うのだわ」
その小さな呟きを、襖を隔てて聞いていた恋人は、その言葉が身にしみて、女の人のことをもっと好きになったんだ。
だから、女の子を女の人の元に返して、帰るのを辞めて、ずっとそこに居ようとした』んだって。
やっぱり綺麗だ。
良かった。
砂鳥は嬉しかった。
その女の子も嬉しいだろうと思った。目を閉じた砂鳥の頭に、カラスの言葉が染みこむ。
俺はね、この話を聞いて、恋人はどれだけその女の人を可愛らしく思っていたのだろうと考えて、話をしてくれた人にその2人は、どれほど深刻な恋愛だったのだろう、と言ったんだけれど、その人は、その人達が誰かも言わないで、ただ、笑うばかりだったよ。
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