0人目…三枝、そして彼の話
「 僕の名前。僕の幸い。知る人は、昔ずっと泣いていた≪彼女≫ 」
夜。
静かな部屋。横たわる少女。
サエはベットの横にひざまずき、その額にかかった髪をどかした。少しウェ―ブがかった、明るい茶髪。さらさらと触りなれた髪。幾度、髪を洗い乾かし、ゴムで結んであげただろうか。柔らかく量の少ない少女の髪は、いつもまとめるのに苦心した。
桜にも胡蝶にも似ていない。2人の髪は、どちらも黒く太く、まとめやすかった。
サエは微笑しながら、己の顔にかかっていた髪を払った。
ウェーブのかかった、明るい茶髪を。
私がサエと呼ばれるようになってから、何年たつだろう。
砂鳥、君は知っていたかな?
昔、私は「僕」だったんだ。
「僕」がまだ、密姉さんの弟では無かった時の話。彼女とは血の繋がりは一切無いからね。
その時、「僕」には父と母が居た。父の名前は桜。母の名前は・・・内緒。話には、謎が在った方が良いから。
その人は父が僕を連れてどこかに行くことを寂しがった。そんな時には、家に居たくないらしくて、よく実家の京都へ行ったらしい。そうこうしている間に、本当に京都に住み着いてしまったけれど。ただ、そこに僕は一緒に行けなくて。父さんは、僕を連れて行ってくれなかったから、父の友人の密姉さんが、僕を弟にしてくれたんだ。
寂しくは無かったよ。
父さんのところですぐに、ハウスキーパーとして働かせてもらえたからね。
ああ。そうだ。砂鳥も胡蝶さんと一緒に暮らしていたね。
おそろいだね。
それで・・・そう、砂鳥が京都から、こっちへ引っ越してサクラさんと一緒に住むようになってからは、僕ともずっと一緒だね。
10年近く、ずっと。
ああ。そうだ。いつもの話をしようか。
胡蝶さんの話。
砂鳥の母親は、胡蝶(こちょう)と言いました。
サクラさんはとてもとても胡蝶を愛していました。彼の生涯で、唯一愛せる人だったのです。
そして、だからこそ一切彼女を描きませんでした。風景画の中に、ほんの微かにも彼女を映しませんでした。それは、蝶も同様です。
けれど、砂鳥は生まれてすぐに描かれました。
それこそ、生まれた瞬間からスケッチされていました。スケッチブックだけで、一室が埋まってしまうほど、彼女は描かれ続けています。
だからこそ、描き手を知る人は言います。
彼は、砂鳥を愛していない、と。
愛されたからこそ描かれなかった彼女と、愛されなかったからこそ描かれた彼女。
どちらが幸福なのか。
それは、だれにも計れないでしょう。そう、本人ですらも。
だって、囚われた蝶が幸せだったかどうか、誰か聞いたことはあったかな?
それに、籠の鳥の幸福だって、自分で考えたものだったのかな?
わからないよね。
だから、それで良いよ。だって、どちらも自由を知らないまま、いるのだもの。
砂鳥。砂鳥。
ずっと目を閉じて・・・お話、満足したのかな?
あぁ、もしかしたらカラスさんの香が効いているのかな。それとも、サクラさんが持ってきてくれた香が効いているのかな。
砂鳥、そのまま、目を閉じていて大丈夫。
もしも聞こえていたら、そのまま聴いていてね。
大丈夫。
砂鳥が次に目を覚ましたら、僕はまた「私」になっているよ。「三枝」じゃなくて、ハウスキーパーの「サエ」に。
だって、僕は鳥の世話をサクラさんに頼まれたんだもの。
大丈夫。
砂鳥が目を覚まさなくても、ずっと、そばに居るよ。だって、僕は鳥の世話をサクラさんに頼まれたんだもの。
サクラさんが願う限り、僕はずっと、そばに居るよ。
ずっとずっと、このまま。
そばにいるよ。
The end 「蝶鳥あそび」
遊んでいたのは、だれでしょう。遊ばれていたのは、だれでしょう。 |
Copyright(C)2008 yuzuru sakimori All Rigth Reservrd