charactor   N O B E L    H O M E                                                                                


B A C K    T O P    N E X T                                        

  2人目・・・シラタマ   


「 鴉の企みが、あたしの幸せにつながるならば 」




シラタマはトリの友達だった。
「あの人」がトリをこの部屋に飼う前からの友達だった。

シラタマはトリが好きだった。サエの出すお茶やお菓子も好きだった。カラスも好きだったし、ミツも気に入っていた。
そして何より、「あの人」が好きだった。
だから、あの部屋にちょくちょく顔を出した。どんなに仕事で苛々していても、あの部屋に行くと落ち着いた。まるで、籠の中にいるようだと思っていた。

誰かが作り出した、人工的な楽園。

そう呟いたことがある。
するとミツが苦笑していった。「あの人」はきっと、今度はトリに逃げられたくないのでしょうね、と。
トリの前にも、同じように飼っていた少女が居たのだろうか。それならばどうしてその子は逃げたのか。こんなにも居心地が良いのに。
いくら尋ねても、ミツは密やかに笑うばかりで、答えてはくれなかった。

だから、興味がわいた。

いつか、トリもこの部屋から逃げ出すのだろうか。
そうしたら、「あの人」はどうするのだろう。追い掛けるのだろうか。それとも、また別の誰かを飼うのだろうか。

それなら・・・シラタマにも、チャンスはあるのだろうか。

 シラタマはトリが好きだった。けれど、それ以上に「あの人」が好きで好きで堪らなかった。
 あたしを見て。あたしだけを見て。
 いつからか、シラタマはそう思うようになっていた。


* * *   * * *


そして今日も、シラタマはあの部屋に訪れた。サエは微笑んで出迎えてくれた。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃かと思っていました。」
「うん、雨、降ったから。来ちゃった。」

ザー。ザー。

春雨が降る音がする。シラタマは雨が降ると、よくこの部屋に来る。
雨は好きで、嫌いだった。雨の日には「あの人」がよく来るけれど、そんな日にはトリを見つめる目が一層優しくなるのを、シラタマは知っていた。その目を見るのは大好きだったけれど、同時に胸がきしんだ。あの目も、唇も、手も、シラタマに触れることはない。
他の人の物なのだと、思い知らされて、痛かった。それでも、シラタマは雨が降るとこの部屋に来てしまう。 

「不毛だよね」
そう、カラスに言われるようになったのは、いつからだろう。
驚きはしなかった。シラタマとは異なるけれど、カラスも「あの人」とトリを熱く見つめていた一人だったから。だから、シラタマも、不毛だよ、と笑って答えた。
胸がきしんで、痛くてしかたない。けれど、それでも好きだから。会いたくて話したくて、ただそれだけで、この部屋に来てしまう。そんな自分が惨めでしかたなかった。けれど、それでも良いと考えてしまうほどに、シラタマは「あの人」に囚われていた。


ゆっくりと、けれど確かに「あの人」以外から興味が薄れていくのがわかる。
世界が、閉じていく。


「今日は、きっとカラスさんが来ますよ。雨ですから。」
はっと意識が戻った。
いつの間にか、それまであったクッキーは下げられており、代わりに暖かな湯気を立てた湯飲みが置かれていた。それを差し出してくれた人物が、ほんわか笑いかけてくる。
「カラスが。そっか、だから雨が降ったのかなぁ。」
「きっとそうですよ。あの人が来ると、いつも雨ですから。」
「サエは困るんじゃない?」
視界の先に、取り込まれたばかりの洗濯物が映った。
「そうですね。先に連絡を頂ければ濡れずにすんだかもしれません。」
笑いながらサエが答えた。カラスの訪問はいつも唐突だから、こんなことには慣れているのかもしれない。それは、シラタマも同じだったけれど。
けれど。
今日は、教えてあげれば良かったかな、と思った。
今日だけはシラタマはカラスが訪問することを知っていたのだ。「あの人」が仕事で忙しくて、今日は来れないだろうということも、シラタマは知っていたのだ。サエに伝えてあげてたら、洗濯物が濡れなかったかも、と思うと少し、後ろめたい。
そっと湯飲みに口をつけてサエを見上げると、変わらない微笑みがそこにあった。もしかしたら、今の考えなどサエにはお見通しなのかもしれない。だって、あの時も、この人は笑いながら言ったんだ。シラタマは熱い液体を口に含んだ。

あの時。

「危ういですよ」とサエが言った。
「今のシラタマさんは、危ういですよ。どうしろという訳ではありませんが、自分がどのような状況にいるのかだけは、もう少し把握しておいた方が、良いですよ。」
少し、驚いた。
仕事柄かあの人は基本的に何も言わずシラタマ達の様子を眺めている印象があったから。サエにそう言われて、シラタマは自分が人からどのように見えているのかを、ようやく解った。

だから。

シラタマはぐいっと湯飲みを飲み干した。


ようやくカラスの誘いに乗ろうと思ったのだ。


「じゃぁあたし、カラスよりも先にトリと遊んでくるね。お茶ごちそうさま。」
立ち上がったシラタマに、サエは何も言わなかった。ただ、微笑んでいた。
 


あたしを見て。あたしだけを見て。



シラタマを動かしているのは、その思いだけだった。どこからか、梅の香りがした。




next people…“she”/視線


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